2017年5月27日土曜日

恵みを受けても、恵みを失う悲しさが人間にはある

ホームの隣、湯江教会の祭壇のお花です。いま、共同で、ロザリオの祈りと、晩の祈りを唱えてきました。今日も、一日、無事に過ごすことが出来ました。前進もそうですが、変わらないのも、恵みです。
★神さまが存在するなら、神さまの御働きが私たちの中にもあるはずです。信者・庶民の生活、人生の中にも、神さまの導きや、お恵みや、霊性の光があるはずです。
★そういう思いで私は信者たちの信仰実話を書いてきました。しかし人間は変わるんですね。残念なことに、恵みで結ばれても、人間の弱さで、もろさで、壊れてしまう実例もあります。悲しいことです。しかし、それが人間の現実です。
★結局、安心して書けるのは、「自分のこと」なんです。その自分のことも、人には伝えられない苦悩もあるから複雑です。あきら様に出来ない事情も多々抱えて暮らしています。それが現実なら、何が「真実」なのでしょうか。苦しみます。
★だから「今日も、無事に終わることが出来ました」と言えるのは、本当に有り難いことだと、小さい幸せを感じます。
★明日は、5月、マリアさまの月の最後の日曜日で、長崎・聖母の騎士で、ルルド祭が行なわれます。10時30分から始まります。湯江修道院、ホームからも参加します。

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