2016年7月4日月曜日

善い本を少しづつ読んでいる。心の糧です。生きる力

湯江教会の祭壇に、いま、「コチョウラン」を飾っています。先月、面会に来られたテキサスの洽子(KoKo)さんが持参された花です。まだ立派に咲いています。毎朝、5時30分に教会へ行き、祈りが始まる前に、いつも教皇講話集の「信条(クレド)」を読んでいます。
★今朝、読んだところが、「聖なる教会」の項目で、「聖性への道」というのでした。むかし、ポーランド人の修道者たちから、よく言われた言葉です。「聖人になりなさい」。コルベ神父は聖人になった。「聖人になることが、生きる目的です」と、本当によく言われた。最近は、あまり聞かない言葉になった。しかし今朝、読んだところ、現・教皇さまの講話にあった。「すべてのキリスト信者は、聖性へと招かれています。聖性とは、わたしたちの弱さと、神の恵みのチカラとの、出会いです」
★この言葉に出会ったとき、「ドキリ」としました。先日も日記に書いたではないですか。人間は、孤独だ、と。そして孤独を救うのは、愛による出会いだ、と。それを根底に考えたとき、人間の弱さ、誰にでもある。その弱さと、神の恵みの力との出会い、これがポーランド人修道者から言われていた「聖人になる」ことだ、と。何だか、コチョウランの前で、心が軽くなった気持ちがしました。
★昨日、日曜日に、長崎の白浜さんが来た。ファイルにした日記と、ルルドの水を6本持ってきた。KoKoさんから連絡はないという。
★今日は、ホームで、七夕(たなばた)の枝をつくる作業があった。

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