2018年1月18日木曜日

黄な粉餅で正月も終わるか。長生きしても苦痛あり


食堂の入口です。左に予定表の白板。右側にお湯、水、お茶、ほうじ茶などのスタンドがある。車椅子の女性が入口で時が来るのを待っている。
★右の写真が、今日の昼食でした。黄な粉餅2個、卵入りのウドン、エビの天ぷら、みかん、でした。食事が出来るお恵みを感じます。寒い日がつづいていたが、今日の午後は自室に陽が入り、暖かさを身に覚えます。朝から、大きな風呂で独りで湯に浸かり、幸せを身体に心に受けました。「生きているのは、いいことだよ」。だが、長生きしても、苦痛は沢山、出てくる。「苦しみ、痛みを、神の喜びに変える。この体験が難しい。苦しみは、イヤだ。イヤなものを、どうして宝に変え得るか。信仰がなければ、望めない」

2018年1月17日水曜日

瀧神父さまはホームでチカラ強い味方、理解者です

瀧憲志(たき・けんし)神父さま。同じくホームに入っている人。昨年の4月6日に入居した。三度の食事は同じ食卓、隣同志。「もう年を越したね。よくガンバッタね。慣れましたか」「トマのおかげさ。大曾神父さまもお元気だったから、よかったよ」。前々から瀧神父さまには、「ホームに入るなら、早めに入った方がいいですよ」と勧めていた。「前から考えては、いたのさ」
★「トマ、昨日のブログは良かったぞ」。いつも反応を最初に教えてくれるのは瀧神父さまです。「良かった」と言われれば、こっちだって嬉しくなる。瀧神父さまは誰にでも気安く心を開き、お話されるので皆さんから慕われ、喜ばれている。ミサは修道院の司祭、浜田神父さま、山内園長神父さまと一緒に捧げて、午後からのロザリオにも参加される。祈る姿が大きなチカラです。トマにとっても、よき相談者であり、会話の相手です。「やっぱり、カトリックのホームはいいね。大声を上げたり、騒いだりする者はいない」と、トマ。
★「年賀状は、切手が2枚当たったよ」「ええ、よかったな。トマは1枚も当たっていない」。写真の老人から、スマホの操作を見せられている。教皇さまの情報、お説教など、出てくるらしい。夜、7時半、そろそろ寝ようと整えていると、瀧神父さまから携帯がかかった。「パパさまが出ているよ」「こっちは、もう寝るよ」

2018年1月16日火曜日

聖ベラルドの記念日。沖縄の押川司教さまの修道名

今朝、朝食のときに、瀧神父さまと「今日は、沖縄の押川司教さまの修道名のお祝い日だね」と話し合った。聖ベラルドと同志殉教者の記念日です。押川司教さまは「ベラルド」が修道名です。フランシスコ修道会の最初の殉教者たちで、モロッコで殉教して、イタリアの港へ帰還した。その光景を目の当たりに見て、アントニオがフランシスコ会に入会した。有名なパドアの聖アントニオとなった。聖人が、聖人を創るのです。
★写真を見つけました。去年の11月、聖母の騎士で、修道者たちの金祝のお祝いが行なわれた。ベラルド押川司教さまも叙階・金祝を祝われた。お祝いを受けて喜ぶ司教さまです。「司教さま、今日は、おめでとうございます」。お歳を召されて、最近、沖縄の司教を引退された。新しい司教さまも発表された。写真・中央は、もとホームの園長の古川神父さまです。沖縄で宣教しておられる。その隣は、ホームの職員さん。
★沖縄には思い出があります。毎年、正月の休暇には訪問していた。特に最後の4年前の正月は、ブログ(日記)にも載せている。瀧神父さまと食事しながら語り合った。司教館や、教会は、とても良い場所にある。モノレールから直ぐ近くに十字架が見える。司教館には、小さな、アイキョウのあるイヌが居て、教会に来た人を案内してくれる。司教さまが可愛がっている。「名前は、ピカ」「ピカって、アシジの聖フランシスコのお母さんの名前でしょう?」。リッパな名前をもらって光栄と思ったよ。ピカちゃんは元気だろうか。私も、もう1度、沖縄へ行きたいと思う。

2018年1月15日月曜日

古い写真。修道士たちの食事の風景。なつかしいね

何年頃か、わかりません。長崎・聖母の騎士修道院の食堂での風景です。私も、その中の1人でした。皆さん、修道士で、写っているだけで、8人が居る。あの頃は皆、若かった。若いとは、熱情があった。激しく燃えていた。でも、皆、仲が良かった。印刷所、受付、炊事場、洗濯場、畑で働く者など、修道士の仕事に専念していた。
★皆、神さまの声を聞いて、導かれて、この道に入った者たちです。朝は5時に起きて、夜は10時には眠る。厳しい規則の生活でしたが、幸せでした。神さまと共に生きている気持ちがあったからです。冬でも暖房はなかった。若さは寒気にも強い。
★食事の前後には、1列に並んで、ラテン語で祈りを唱える。食卓に付くと、1人が読書台で読書を初め、それを聞きながら、黙って食べる。院長さんが、小さな鈴を「チリン」と鳴らすと、沈黙が解けて、話し出す。院長がポーランド人の時は沈黙が多かった。しかし院長の好物の食材、例えばポーランドのチーズなどが出ると、必ず沈黙は解けた。笑ったものだよ。修道士は、いろんな所の産物だからね。話題が多い。平戸、五島、長崎は勿論、関西や、名古屋や、福井からも来ていた。正月になると、福井から「手つきの餅」が送られてきた。これが旨かったね。
★時代は流れ、人は変わるね。今、この中で生存しているのは、2人だけかな。手前の食卓にはポーランド人の修道士たちが居たが、今は皆、天国です。ポーランド人も、日本人も、いや、楽しかったよ。あんな時代が又、来るだろうか。
★ホームの教会では、毎朝、ミサ後と、午後の共同のロザリオのとき、「司祭、修道者の召命を求める祈り」を捧げています。昔の時代は、良かったね。懐かしい。

2018年1月14日日曜日

年賀状で思い出した歳老いた女性の「愛の話題」

今年の私の年賀状です。ホームに居ても、若干の年賀状を出した。私に届いた賀状は、56枚でした。ホームに居れば、やはり忘れられた老人になるのは当然でしょう。人のために尽くす、奉仕する働きがないのですから。そう考えると、この先、人生、やはり寂しい。
★朝食のとき、瀧神父さまが「あした、楽しみ、だな」と言った。「どうして?」「年賀の抽選会があるから」「切手しか当たらないよ」「切手の他に、当たった事がある」。嬉しそうに笑った。楽しみがあるのは、いいことです。
★今年の年賀状に、心引く2通があった。1通は「20年ほど前、長崎にて小崎修道士の語り部をナマでしっかりと受け止め、浦上天主堂に導いて下さいました。書物もすりきれる位、愛読しています」と嬉しい便り。20年も経って忘れないのは喜びでもある。
★もう1通は、「シスターMが天に召され、少々さみしく存じます」と1行記してあった。シスターMといえば、私には思い当たる事がある。「ああ、そうか?」と自著「ドキュメント・キリスト信者」を開いた。「ねこ同居」の題で載っている。古い以前の記事だが、歳老いた女性を書いている。朝の目覚めから、着物を着て、家庭祭壇で亡き主人の写真に祈る。次に雨戸を開けると、朝陽が差してくる。愛猫のチャムが寄って来る。そこから彼女の一日が始まる。子供は男1人、女4人居た。息子は終戦直後、若くして結核で亡くなった。病床で洗礼を受ける。女性が洗礼を受けたとき、三女を身ごもっていた。この子が、もし女なら、「マリア」と名づけたい。当時は、そういう名前は付けなかった。それに近い「M子」とつけた。その子がシスターの道に進むことになる。天に召されたのは、そのシスターであろう。
★歳老いた女性の生き甲斐は、毎日の新聞を丹念に読んで、「愛の話題」を見つける作業であった。切り取って集めて、カトリックの「愛」誌に送った。愛誌は季刊誌だが、32号にわたって載っている。殺伐とした時代に「愛の話題」を載せたのは、愛誌の特徴とさえなった。私は、記事を書くため、その女性に会いに行った。シスターMの話も聞いた。愛の話題も時代と共に変わってきたと言っていた。
★物資欠乏の時代は、物や金銭の寄付は歓迎された。世の中が豊かになると、やがてシラケの時代になり、心が尊重される。植木屋が、選定の木に小鳥が巣を作ったが、切るべきか、切らざるべきか、心は揺れる、そんな話も好まれた。
★愛は神の心で慈しむもの、愛の話題は忘れてしまった「心」を取り戻すことといえよう。歳老いた女性は、10年後、神に召された。15日目に愛猫チャムも死んだ。

2018年1月13日土曜日

ボケないように手を足を動かせ。自己でガンバレ

月に1度、「コーラス」がある。コーラスと言っても、皆んなで、声を合わせて、美声を張り上げる歌ではない。20人ほどが参加している。必ず、「タオルを持って来てください」と言われる。先ずは、「今日は、何月何日ですか?」から始まる。余り日にちは気にしていないので、とっさに、出ない時もある。次いで、タオルを使って、軽くカラダを動かす。タオルを両脇から鷲づかみにしたり、大きく開いて舞わしたり、これが結構、運動になる。「海は広いな」とか、「もし、もし、亀よ」とか歌いながらリズムに合わせて動作を行なう。これが老人にはタメになる。半ば頃、ヤクルトが配られる。水分補給だ。細かい心遣いもある。最後は、「幸福ですか?」の問いかけか、「ハァーイ」の返事。「幸せなら」の歌が唄われ、手、肩をたたき、足をならし、そして隣の人と手をつなぐ。これが笑を誘うのだ。認知症、ボケにならないように、自己鞭撻も必要だ。行動や歌は幼稚に思えるが、何のその、必ず参加している。
★今日は午後から、歯医者さんへ出かける。帰りは遅くなるでしょう。

2018年1月12日金曜日

遅まきながら「書初め」。平和なホームの生活です

「書道」の日。遅まきながら、書初めです。わざわざ女性の先生が来て下さるのに、習う者が少ない。男2人に、女性2人が参加した。他に高原修道士も加わった。男性の1人は、小学校の時から「書き方」は好きだった、と見事な墨字を書いている。書くのを楽しみにしている。何でも進んで取り組む事があれば幸せだ。私は、「百壽」や「大寒」などを書いた。「せり、なづな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」と手本通りに書いて、七草を覚えました。書道は10時からです。朝食が終わると、直ぐに入浴をした。午後からはベッドで休む。安らかなホームの生活です。争いもない。故・中島神父さまが使っていたマットは、夜、寝るとき、電気毛布がなくても、今年は温かい。
★昨夜、昌子さんから「フランス語の訳」について電話があった。何とか、うまく、行くらしいです。期待しています。ジャムさん、待っててね。