2017年6月25日日曜日

「人生に、ふしぎなこと、あったよ、な。沢山」

「修道士です」。「ブラザー」と呼ぶ人もいるが、あまり好きではない。修道士は目立たない存在です。公会議以前は、修道士は、院内の仕事に従事していました。受付、炊事、農業、管理、大工など、それぞれの分野で働いていた。修道士を目指す人は少ないです。
★先日、修道会・長崎地区の集まりがあったとき、司祭が9人、修道士が9人集ったが、「修道士が9人」も一箇所に集ったのは、日本でも珍しいのではないか、そう思いつづけてきた。だから今日の日記にそれを書きました。修道士も、それぞれに神の声を心に聞いて、この道に入ってきた。振り返れば、これは不思議なお恵みです。
★昨日、午後、ロザリオのお祈りの中、面会人が来たと呼び出された。「トマさんのことば」を編集してくれた若者2人、野々村哲さんと塩沢美樹さんが姿を見せた。自室で、小さな本の反響について告げる。申し込みのハガキを、第1号から、130枚目まで、ゴム輪で留めた分厚い束を手渡した。重みのあるハガキの束だった。それに、お礼のハガキ、手紙が沢山届いている。その束も彼らに見せた。2人は驚き、感動して、それらに目を通していた。「持って行って、いいよ。まとめてみてください」「ハイ、いいですか」。彼らにも喜びを共有して貰う。彼らが編集者なのだから。彼らが居なければ、「トマさんのことば」は発行されなかった。夕食どきまで彼らは居たが、写真を撮るのを忘れた。ザンネンです。
★彼らが帰って、今日、東京から1枚の手紙が届いた。母のものを整理していた時に、「聖母の騎士」を見つけ、ネットで調べて、「登明日記」に辿りついた。2年ぐらいになるでしょうか。毎日、読ませていただいている。「寂しいよ、悲しいよ、不安だよ、痛いよ」。率直に語られる日記は、驚きでもありましたが、修道士さんでも、そうなら、「私が今、こうであっても、いいのだと」思うことが出来ました、と書いてあった。
★修道士でも悩みもあれば、迷いもある。それを乗り越えて行く。デコボコのある人生だが、「すごく、ふしぎなこと、なかったか。あったよ、な。沢山」。これは確実に言える現実です。時々思い起こしては、「そうだ」「そうだよ」と納得しております。「トマさんのことば」でも、好きな言葉です。「恵み、なければ、いまは、なし」

2017年6月24日土曜日

高原修道士さん修道名のお祝い日。ささやか食事会

洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日です。キリストに先駆けて、ちょうど半年前に生まれました。半年後にクリスマスがやってくる。聖ヨハネは民衆に洗礼を授けていた。キリストも宣教活動の初めに、洗礼を受けている。
★ホームの隣の湯江修道院の高原修道士さんの修道士名のお祝い日でもある。高原さんにはお世話になっています。入江さんの提案で、昼食どきに、近くの食事処で、お祝いをしました。写真は、左から高原修道士さん、入江さん、瀧神父さん、そして手前に(写っていない)トマが居る。この店は、有明海に接した処にあり、生けすがあって新鮮な魚が食べられる。
★ウナギ定食と、アジの生け造り、あさり汁など食べた。瀧神父さんと入江さんは焼酎のお湯割りを、チビリ、チビリ、たしなんだ。高原さんのお祝いなのに、彼は運転するので、お酒は飲めない。「ごめんな、高原さん」。そう言いつつも、2人はお酒でいい気分になった。
★高原修道士さんは修道会の人事異動で、ホームの仕事を退職した。それでもホームに入居している司祭、修道士のお世話はしています。大曾神父さま、西山神父さま、瀧神父さま、村山修道士さん、トマ修道士です。病院へ連れて行くのは高原さんの運転です。これからも、よろしく、お元気で頑張ってください。

2017年6月23日金曜日

修道会の仲間と過ごす半日は、生きる喜びの活路

イエスの聖心(みこころ)の祭日です。写真は、ホームの隣、湯江教会の玄関にあるご像です。いつも、このご像を見て通ります。
★ミサの始まるときに、司祭は、「イエスのみ心は、私たちの忘恩、冒涜で、悲しんでおられます。罪を避けて、み心を慰めるよう努めて祈りましょう。6月は、イエスのみ心の月にもなっている」と、うながされました。
★昨日は、2ヵ月毎の修道会の集まりがあった。「コンベンツス」と呼んでいる。長崎地区の4箇所の修道者が、順番の場所に集って親睦と信仰を固めまています。長崎には20人の会員が居る。司祭10人(1人病欠)、修道士9人、神学生1人、計19人が集った。
★修道者は、修道院に居て、一緒に祈り、語り、食事をして、喜び合うのが一番の幸福です。この集いに、好んで参加している私の心は、水を得たように楽しく、嬉しく、語り合うことが出来る。我々は、少年期、青年期、壮年期を殆ど一緒に過ごしてきた。お互いの人間性は良く知っている。安心感があります。この時ばかりはホームのことは全く忘れれしまう程です。
★先ず、「教会の祈り」、昨日は、イエスのみ心の祭日の晩の祈り、寝る前の祈りを共同で唱えます。最後に、共同で「サルべ・レジナ」を歌う。これが、実に、いいね。
★次いで各事業体の報告がある。湯江、ホームの報告のとき、園長神父さまが、「トマさん、小学校での平和学習、あれ言いなさいよ」と、うながした。「園長さん、言って下さい」と頼んで、彼が見事な説明をしてくれた。
★「トマさん、最近、ネコが住み着くようになってね」と見せられたのが、この、しょぼけた猫の写真です。「名前は?」「ライ」。ライモンドまで行かない名前なんだ、な。時々、叫び声をあげるそうです。
★報告が終わると、会食になります。私の席の前に、前・管区長の崎浜神父さまが座っていた。お酒の酔いも手伝って、しきりに、私に向かって話しかける。トマ修道士の足跡を辿るみたいだ。①資料の収集や、②記事の内容、③病気をしても屈しないカラダのふしぎ、などを取り上げて、評価してくれた。これは嬉しかったよ。自分の修道士の歩みも、意味があったと言える。残せるものがあった。誉められれば誰でも嬉しいよ。
★集会の写真を撮ろうとデジカメを出したら、「電池、切れ」で写せなかった。この雰囲気で、修道士は皆んなと一緒に暮らすのが一番の幸いです。それを望めないボクは悲しい。でも昨夜はゆっくり十分に休み眠った。

2017年6月22日木曜日

「トマさんのことば」に添えたカードの説明です

「トマさんのことば」。小さな本と共に、お手紙と、左側のカード(大分県の疋田恵理子さんが制作)、それに右側の小さなカード(編集者の野々村哲さん、塩沢美樹さんの共同で制作)の1枚をお送りしました。
★本を受け取った皆さんは、小さなカードはどれを受け取ったでしょうか。自分に似合った言葉のカードが当たったでしょうか。カードは、こんなに沢山の種類がありました。それを紹介しておきます。
★この中で、「アッ、シマッタ。パチン」という字を書いた絵があります。このカードに当たった男性からは、お礼の手紙の中に、こんな言葉がありました。「しおりの絵もとても愉快ですね。急須が割れて、「万事休す」ということでしょうか。それとも「窮すれば通ず」でしょうか。愉快に思いました」
★皆さんは、どれに当たったでしょうか。言葉が、しっくり来ない人は、「ごめんなさい」。編集者の若者の2人が、共同制作したカードでした。彼らは、ここまで面倒を見てくれました。2人のチカラがあったればこそ、出来た作品です。あなたの傍に置いて、時々は眺めてください。これもご縁でしょう。

2017年6月21日水曜日

神は隠れた処に居られ、隠れたことを見ておられる

アジサイの花です。食堂のガラス戸に接した三角の小さな庭に、ひっそりと咲いていた。人が余り気にしない処に咲く花が、いいね。
★早朝、教会で、祈りが始まる前に、心を落ち着かせ、しばらく考える。今、悩みがあるか。
★昨日は、子供たちに語り部の役を果たした。子供たちへの語りは40分、イスはあったが、意識して立ったまま子供たちに向き合った。やはり両足に衝撃が走り、腫れて苦しんだ。老いると、疲労がイッペンに身体にのしかかる。
★語り部は午前中だったが、その日の夜は、ホームで亡くなった男性の一周忌を偲ぶため、修道院で夕食の集いがあった。自室に戻って、寝たのが9時頃になる。「ホントウに疲れましたよ」。普通は8時には、もう寝ている。9時に寝て、一息眠って、目が覚めたのが、深夜の1時半だった。それから、なぜか、眠れない。理由も無く眠気がしない。時間だけが過ぎて朝を迎えて、起床を告げられた。
★今朝のミサの福音は、マタイの6章で、「隠れたところに居られる父は、隠れたことを見ておられる」言葉に釘付けとなった。神は、隠れた処に居られて、隠れたことを見ておられる。「何をしても、ちゃんと、お天とう様は見ているよ」と一緒だ。神さまが見て下さっておれば、安心だ、の思いもある。
★今日は、長崎のヨゼフ・クリニックへ定期の診察へ出かける日です。ホームの朝食の時間が遅いので、食事は修道院でお世話になって、8時には高原修道士さんの運転で、長崎へ向かって出発した。・ヨゼフ・クリニックへ定期の診察へ出かけた。睡眠のことを言うと、5時間眠れば十分だ、そうです。人生、山もあれば、谷もある。89年、生きて来たではないか。何んで、そんなことで悩むのか。

2017年6月20日火曜日

小学校287人に原爆語り部を無事に努めあげた

今朝の目覚めは快調でした。平常通りに、夜は8時にベッドに付いて、朝、4時45分に起こされた。先ずは安心しました。瀧神父さまが、ささやいた。「良く眠れるように祈っていたからな」。もう大丈夫です。アタマは冴えている。声も出る。後は、活ベンだな。
★10時に、高原修道士さんの運転で、大きな絵を数枚積んで、事務長の岩田さんも同乗して出発した。小学校までは、坂を下れば、体育館です。準備をして待った。小学生が次々に体育館に入ってくる。懐かしい子供の雰囲気だ。287人が居ると教えられた。小1から小6まで、縦に並んだ。
★平和学習の女性先生が、私の紹介をする。児童の2人が「よろしく」と挨拶する。ピン・マイクを望んだ。「皆さん、こんにちわ」。全員の物凄い声が返ってきた。(ああ、この反応ならば大丈夫だ)
★「私は、小学校1年生のとき、お父さんが病気で死にました。父ちゃん、病気で、死んじゃったよ。兄弟は居ない、一人っ子。だから(と、母の絵を見せた)優しい母ちゃんだよ」。小1の子たちが、目を輝かせて、聞いている。話は調子よく行った。思ったね。ボクの話は、一人舞台の劇だよ。汽車が助けに来た。「シュ、シュ、ポッ、ポ」。両手で大きな車輪を回す。今の子ども達は、汽車を知っているかな。
★「助けない、困難が来れば逃げる、許さない、それは誰にでもある。しかし助ける心、困難が来ても逃げない心、難しいけれど許す心、その心が広がる上に平和の花が咲くのです。人の、いたみが、わかる心、これが平和の元であります」。話は、これで終わった。40分かかっていた。小1は、よく辛抱したよ。
★話の中で、原爆・放射能で死んだ、隣の家の女の子、3人も登場する。右の写真で分かりますか。白ボードに、その3人の絵がある。上の姉ちゃんは小6だったので、供養のために、小学6年生の女子児童と一緒に記念の写真を撮った。高原修道士、校長先生も写っている。
★こうして無事に役目を果たすことが出来て、安心しました。何かの言葉が、児童たちの心のどこかに残っていることを願いながら、学校と児童、先生に「さよなら」した。

2017年6月19日月曜日

「ヒバクシャ」の証言が聞ける最後の世代です

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。ユリの花が見事です。転任して去った神父さまが、教会の庭に植えていたそうです。
★ところで、原爆の語り部の話。地元・湯江小学校の校長先生と、平和学習担当の女性先生がホームに来られて、原爆の語り部を努めたのが、5月23日(火)でした。そのとき、校長先生は、指でマルを作って、「よろしく頼みます」と約束を交わした。もう1ケ月前になる。ところが老人の気持ちや体力は、次第に変わるんですね。老人は少しの動揺にも、異常に反応する。
★話は変わって、寝るベッドのことですが、6月2日に、ベッド・敷きマットの入れ換えを行なった。女性の職員さんが「高価な品だから使ってみてください」と『ヘルスウェーブ』(デコボコの感触で、分厚いマット)を使うようになった。まあ、何とか安眠はして来ました。でも背中が慣れずに痛い、寝心地が良くないです。
★約束の小学校の平和学習は、明日、6月20日に迫りました。これまで何百回となく語ってきた原爆体験です。お手の物のハズです。日々何事も無く、夜は安眠していたのに、4日前になって、その夜は「子供たちのことを考えて」寝られない一夜になった。
★「こりゃ、大変だ。老人になって気力が失せたか」。心配したが、幸い3日前は、良く眠れた。2日前は、夜中12時まで寝た後、あとは眠れない。「マットのせいか、なァ」と悩む。寝ていて背中が落ち着かない。
★そうした日、東京の女性から絵ハガキに書いた短い手紙が届いた。「梅雨入りしましたが御元気ですか?さて、6月20日に小学生に講話をなさるそうですね。この子たちは『ヒバクシャ』の証言が聞ける最後の世代です。幾多の試練を経て、トマさんが彼らに伝える。これもマリア様の取り次ぎでしょう。いのちの炎を燃やして語ってこられますように。『トマ死ぬひまない』(2014年9月の日記より)」
★最初、長崎・原爆資料館で、語り部デビユーしたのは、母の被爆50回忌だった。初めての話は、620人の小学校で、母の写真を胸に納めて語った。今度も母の写真を胸に語ろう。母が守って下さるだろう。「母ちゃん、行って、くるケンね」