2018年2月19日月曜日

早々と誕生日祝いのお花。午前中、散髪、入浴、来客

食事の時に、瀧神父さまが「あと10日すれば、80代ともお別れだね。どうだね、気持ちは?」と聞いた。「ウーン、重みが違うね。90代は貫禄が有る」「トマはゲンキだよね」「そうでも、ないよ」
★今日の午前中は忙しかった。先ずサンパツでしょう。クジを引いて、4番が当たった。理髪師さんは家族の3人で来られる。散髪して、すっきりなると、入浴した。湯から上がって、衣服を付けていると、事務所の職員さんが戸を少しあけて、「11時半頃、お客さんが来るそうです」と告げた。その時間に近い。
★自室で、メガネをかけて、デジカメを持って、玄関で待っていたら、車が姿を現した。2人のお客さん。写真が、それです。諫早からです。「早いけれど、誕生日のお祝いのお花を持って来ました」。豪華なお花。有り難く戴いた。こうして思いがけない人が訪ねて下さるのが嬉しい。女性が言った。「わたしも誕生日が3月1日なんです。それで覚えていました」。7,8年前、聖コルベ館のときにお世話になった。こうして早々と「豪華なお花を戴いた」次第です。お祝いして下さって有り難う。
★12時からの昼食に、少々、遅れた。焼きウドン、ミニ・クリーム・パン、アサリのみそ汁、ヨーグルトでした。
★甘えておれんぞ、一人立ちして、生きていくしか、ない。体内に、まだ、まだ、順調に、廻る機械が、与えられているから、ね。

2018年2月18日日曜日

15年。何としても、この修道会に留まった結果

日曜日。ミサが終わって自室に戻る。「トン、トン」と、戸をノック。「ハーイ」「見てごらん。いま朝陽がキレイですよ」。廊下に出ると、この日の出です。「ああ、今日も明けるか」。静かな気持ちが胸に漂う。
★今朝の新聞の「読者の声」で眼にとまった一文。「自分の責任で話せる事は、体を動かして、やったこと。その中で感じ、考えたこと。『空っぽでない言葉』で生きる」。心を揺さぶる一文ではないですか。来月の末の日曜日に、ブリ神父さまの教会でお話しする事が、念頭にあるからね。自分の体験で、苦しみ、悩み、乗り越えた事が真実と思います。聞く人も、それを望んでいると思います。
★「古い大学ノート」を開けてみた。修道服を着衣して、修練中に病気になった。同級生たちは誓願を立てて、大神学校に上京して行ったのに、自分は病気で苦しんだ。修練所からは出されて、身分は「第三会員」として、15年を過ごした。「ノート」を手に、「よく辛抱したな」と思いましたよ。修道院会議では「退会」と決まったのに、ミロハナ神父が助けてくれた。養護施設がある、山の修道院へ連れて行く。ミロハナ神父は私に、個人的に「私・誓願」を立てるように勧めた、と書いてあった。ミロハナ神父が、教会で、自分が受けてもいい、と記してある。その字の流れを読んだ時には、さすがのオレも追い詰められていたんだな、悲しくなったよ。
★神の導きって、わからんね。ホームに入って、正式の誓願50年の金祝を祝ったのだから。辛抱、忍耐に「花」が咲いた訳だね。15年の分だけ、神さまがイノチを長く与えて下さったのかも知れない。

2018年2月17日土曜日

梅も、チラ、ホラ、咲き始めた。寒風に思い出あり

ホームの敷地を出た直ぐの道ばたに咲き始めた梅の木。未だ花はチラ、ホラ。三分咲きかな。
★午前中、来月分、3月の予定を発表する「懇談会」があった。3月生まれは多い。10人が、居る。真っ先に、私の名前があった。後、10日ばかりで、誕生日がくる。楽しみだよ。何にも変化は無いけれど、何か、気持ちの上で嬉しい。長がーい人生だったな。
★北朝鮮の、日本海側の、しかも中国・ロシア国境の直ぐ近くの町で生まれて、13歳まで暮らした。寒い、寒い、町だったよ。零下15度までは下がった。雪は余り降らない。とにかく風が強烈だ。小学校の先生は、「この風が日本海を渡るとき、水蒸気を含んで、日本の山に当たって、新潟や福井に大雪を降らせるのです」と教えた。日本へ行ったこともなく、遠い国のように感じた。
★今年は、この寒さで、あの町の人たちは、相当な寒風にさらされただろう。身に沁みて分かる。1度だけ、あの町に里帰りするツアー旅があった。ちょうど「日本26聖人・映画」の約束があったので、仕方なく見送った。1度は帰って、山や、川、海など自然の景色を眺めたいと思う。家々は変わっているだろう。平屋根の教会があった。朝鮮人の司祭も居た。朝鮮語での共同の祈り、ミサ。母と、子供の私はその中で祈った。その場所と、今のホームの湯江教会をつなぐと、何やら不思議な気がする。90年、生きてきたイノチは1つだ。「生きていれば、いいことも、ある」

2018年2月16日金曜日

昨夜の兄弟の集い。2人の修道者の命日。祈り会食


昨夜の兄弟の集いです。長崎4地区、21人が集った。フランシスコ会は、お互いが兄弟と呼び合います。やっぱり楽しい集いになった。一緒にお祈りをする。ラテン語で「アヴェ・レジナ・チェロールム」を歌う時なぞ、最高ですね。男性ばかりで、修道者だけで歌う、いいねぇ。
★祈りの後で、1つの提案があった。2ヶ月に1度、集いを開いているが、最初に、この2ヶ月間に、既に亡くなった修道者の命日、生きている修道者の霊名の祝日を読み上げて、特別に祈ろうではないか。もちろん皆は賛成して、1月と、2月の分が読み上げられたが、何と、昨日の2月15日は、ミロハナ神父の命日、フランシスコ中村安五郎修道士の命日に当たっていた。命日を忘れていたことに恥じ入り、祈りながら感慨深いものがあった。
★ポーランド人ミロハナ神父はコルベ神父から連れられて長崎へ来た。コルベ神父の帰国後、特に戦争中は聖母の騎士を特攻警察や憲兵隊から守り通した。老年の修道者たちは、皆、ミロハナ神父から薫陶を受けた。晩年は福祉の面で活躍の痕跡を残した。病気勝ちであったトマを助け、導いてくれたのもミロハナ神父さまだった。恩人でもある。享年80。一方、フランシスコ中村修道士はホーム聖フランシスコ園で、2015年、亡くなった。コルベ神父の時代に入会した古参の修道士で、沢山の思い出がある。享年93。
★集いでは各支部の報告があって、会食となる。トマを取り巻く話題は、勲章に、二つの冠の映画、コルベ神父の餓死室での苦しみ、コルベ神父のお母さんの話など、トマの出番の説明も多々あって、楽しいひと時を過ごした。本当に、水を得たサカナのように、スイ、スイ、泳ぐ気持ちです。この仲間と一緒に暮らしたいよ。修道院では介護に限界がある。これも現実です。
★今日は、午前中、入浴した。絵手紙教室がある。春の「フキノトウ」を描いた。午後からショッピング。小型バスで、共同で買い物に出かけます。昼食後は、しばらくベッドに横になるのだが、買い物に参加するので、日記を書いた。

2018年2月15日木曜日

午後から修道会・兄弟の集い。昨日の診察。喜と苦

左が、ボクです。トマです。「余は、満足じゃァ」。そんな顔をしている。先日、修道会・兄弟の集いの一駒です。楽しいですよ、仲間の皆さんに出会うのは、ホームと違った風が吹いてくるからね。修道会に入って、兄弟たちと祈り、食事をし、笑い、意見を交わすのが、念願であり喜びだった。「これこそが、一本道だからね」。ホームは孤独だよ。
★今日は午後から、長崎地区の兄弟の集いがあります。20人近くの修道者が4地区から集い、一緒に「教会の祈り」を唱え、最後にラテン語で賛歌を唄う。近況報告があり、意見を交わし、会食となる。後は思い思いに、飲んで、食べて、語って、そりゃ楽しいですよ。気持ちも活性化される。ホームの生活を忘れます。自分も働いていた時もあった。別れはツライ。帰りは夜、遅いでしょう。
★昨日は、病院・泌尿器科へ。担当・医師と会話。ステント入れ換えの日にちを決めた。これは、カラダのトゲです。それでもガマンして、受けるしかない。いつまで続くか、それは分かりません。90歳が峠です。もう十分、生かして戴いた。22歳のとき、結核で右の腎臓を摘出して、以来、何年ですか?90から、22を引けば、68年です。この年月、左の腎臓が懸命に働いてくれたお陰で生きてきた。よく、まあ、頑張ってくれたと思いますよ。腎機能も、それほど低下することなく、何とか動いている。尿も出る。わたしにとっては、尿が出るのが、不思議であり、感謝です。どのような結末になるか、分かりません。イノチは、神サマの、ことです。

2018年2月14日水曜日

四旬節始まる。灰の水曜日。午後から病院へ


カラダの具合は正常に戻りました。朝、起きるのに決意が要ります。4時半に起きる。身なりを整えて教会へ。今日は「灰の水曜日」と言って、今日から四旬節に入り、祈りと悔い改めの40日がつづき、復活祭を迎える準備期に入ります。昨年の、枝の主日の時に配られたソテツの枝(枯れた枝)を燃やして、灰を準備して、今日の6時のミサの時に使われます。司祭は、1人、1人の頭か、額に、この灰をかけて、「回心して福音を信じなさい」と唱えます。
★10時からも、ホームの礼拝の日として、ミサが行なわれました。ホームの人たちが祈りました。司祭は、「改心」「回心」「開心」が必要です、とお言葉がありました。キリシタン時代から「悲しみの季節」として、心して日々を過ごしました。自分の弱点を改める。飲料やお菓子などを犠牲にして、控える。貧しい人に食事を与えて助ける。様々な工夫をしました。
★今日は、午後1時に、高原修道士さんの運転で、諫早総合病院・泌尿器科へ定期の診察に出かけます。血液、尿検査、腹部のレントゲンも撮るでしょう。次のステント入れ換えの月日も決まるでしょう。ステントを入れ換えなくては生きてはいけない。そういうカラダがトマの十字架です。90歳までは、何としても生きたい。90までは、人生の上り坂と思っている。90が峠で、後は、92だろうが、4だろうが、山並みが続くと考える。もう歳には関係ないですよ。そんな気持ちです。90歳まで、後、2週間。頑張ろう。「本当に、皆さんのお陰で、よくぞ生きた」と思えそうです。

2018年2月13日火曜日

自室から解放されて、食堂で食事。心配したの声

「アンネのバラ、コルベのバラ」。真紅の色に咲き誇っている2輪のバラです。場所は、どこか分かりません。修道名のお祝いの便りに入っていた。瀬戸教会のニコラス神父さま(アメリカ人)からの便りです。
★今朝のミサも休んだ。朝食は自室へ運んでくれた。昼前に、ホームの医師、吉岡先生が医務室へ来られて、診察が始まった。マイクで呼ばれて、医務室へ。症状を伝える。「4、5日前から、クシャミが出て、3日前から声枯れが気になった。自室で休んでいるが、熱はない。セキも出ない。声枯れは、未だ有るが、食堂で一緒に食事をしたい。インフルエンザの検査をお願いします」。鼻から粘液を採取。「5分程かかります」。判定は陰性でした。「大丈夫でしょう」。やっと、解放された。
★昼食に、食堂へ行く。自分の席に座る。やっぱり、ここが食欲が進むなァ。瀧神父さま、入江さん、「シンパイしたよ」「早かったな」の声。食卓の皆さんも嬉しそうな表情を見せてくれた。ご心配、かけました。
★午後からの共同のロザリオは休みます。「アンネのバラ、コルベのバラ」。どちらも平和を望む心の花です。2人の人生を考えると、「愛」と「苦しみ」が浮かんでくる。誰にでも苦しみは有るが、いかに、その苦しみを乗り越えるか、課題が有る。