2018年4月23日月曜日

やっと、教会へ。食堂へ。これが生きる勤めです

食堂から、一面のガラス戸を通して、屋外を見た風景です。白いマリア像が立っており、広い庭がある。遠くの山並みは、多良岳(たら・だけ)です。食事の後、時々、ぼんやりと眺めながら、椿原の小・中の子ども達と「何度か、登ったな」の思いが浮かぶ。「あの子たちは、どうして暮らしているだろうか」。人生って、愛もあれば、苦しみも困難も沢山あるからね。
朝から教会へ。教会の祈り、ミサで祈りました。
朝食、昼食は食堂へ。トマの元気そうな顔を見て、瀧神父さま、入江さんも喜んでくれた。静かで、平和なホームです。先ず自分のカラダの事を考えよう。
山を乗り越えれば、また何か新しいものが見えるかも知れない。希望、捨てたら、アカンよ、と我に。

2018年4月22日日曜日

良く眠り、熱は下がる。もう、しばらくの辛抱です

ホームの庭の花壇です。
「世は、花盛りというのに、お前は、どこに居るのか」
★昨夜は、本当に良く眠むりました。おかげで、熱は下がり、平熱となりました。有り難い思いです。
★ホームでの生活の基本は、朝、教会へ行って、ミサで祈ること。三食、食堂へ行って食べること。これが出来ないのが、キツイ。
★今は、朝も、昼も、夕方も、自室で静かにしています。
★女性職員さんが、温かいタオルで、カラダを拭いてくれた。小さな心遣いが、嬉しい。自分は、どれほど、多くの他人から助けられて、これまで、やって来たことか。

2018年4月21日土曜日

熱、7度6分。自室で静養、忍耐しております

ツツジが今、道路一杯、咲き誇っている。高原修道士さんの都合で、朝から長崎の「かかり付けの医師」ヨゼフ・クリニックへ行った。熱は7度3分。4月に入ってから、この3週間、カゼの気分が抜けない、と告げる。クシャミ、鼻水、タン、セキ、声枯れ。点滴と、肩に痛い注射を打った。吸入をする。胸のレントゲンを撮って、以前のと比べてみる。処方箋を出してくれた。昼食は、コンビニで買った「おにぎり」と「ざく盛りヨーグルト」だけ食べる。熱、7度6分。しばらく自室で、静養します。いま、戸をノックして、瀧神父さまが心配して「どう、ね」と声をかけてくれた。

2018年4月20日金曜日

ああ、何とかゲンキが出ないものか。悶々の日々

声枯れが激しい。定刻に起きて、教会の祈りは、本当に声が出なくて気になった。午前中は、「絵手紙」教室があった。花の名前は分からないが、1枚と、あと、タマネギを描いた。昼前に、ホームの医師が週に2度、診える。診察を受けた。午後から、医院に胸のレントゲンを撮りに来なさい、と言われて、看護師さんに車で送ってもらう。声枯れが恥ずかしい。何とか落ち着かないものかと、悶々としている。

2018年4月19日木曜日

カラダが「冷えて」困るんです。慌てることは、ない

昨夜は、セキが出て、気管支が痛み、朝からタンが出る。声が出ない。「神よ、私を、力づけ・・」と祈りの声を試しに出すが、ダメだ。それでも定刻4時35分に起きた。熱を測る。6度5分。「大丈夫、神よ、私を、力づけ」と又、叫ぶ。ダメだ。
★5時15分、教会へ入る。浜田神父さまが居る。車椅子の男性が居る。4番目。いつもの時間です。個人で、教会の祈り「読書」を唱える。5時40分から、共同で、信徒、修道者が一緒に、「朝の祈り」を唱える。声が出ないので、気になる。「トマの声、ヘンだぞ」。思われたくないよ。6時から、ミサ。
★4月になって、なぜか、体が「冷える」。寒い。冬物に未だ頼っている。なぜ今年は、こう、なのか。理由がわからない。何か、体内に異変が起こっているのでないか。もう、この歳だから、慌てない。女性職員さんが自室に来て、具合を聞いた。「フロに入ったの?からだを拭こうか?」「いや、だいじょうぶ」。しばらくして同じ女性職員さんが、紙コップに、熱い甘味な飲み物を持って来た。「こんなに、親身に看てくれるんだ」。朝食も、昼食も食堂へ行く。昼食は、アナゴ飯だった。
★午後から、3時過ぎまで、ベッドに横になって安静にしていた。起きたくない。「なまけ、出すな」。今日は、長崎の修道院で、4地区で働く会の修道者たちの集会がある。参加するのを楽しみにしていたが、今日は遠慮した。湯江修道院の車は、3時に出る。瀧神父さまは出かけた。
★この後、夕食に行って、祈りを唱えて、定刻7時30分にはベッドにつく。今夜は、安らかな眠りを与え給え。

2018年4月18日水曜日

ロムアルド修道士の命日だった。彼の愛情、今も

ポーランド人のロムアルド修道士。コルベ神父の時代に長崎へ来て、コルベ神父が創立した小神学校の舎監を長く勤めていた。昨日が彼の命日だった。平成元年に、78歳で神に召された。
★私が原爆の後、聖母の騎士に辿り着いた時、受付で先ず出迎えたのが、ゼノ修道士だった。しばらくして大きな体格のロムアルド修道士が姿を見せた。母と一緒にルルドへ来たとき、応接間でマリアのメダイと聖絵をくれたポーランド人だった。「神学校に入りたい」と告げると、ロムアルドさんは両手を広げて、西洋式に孤独の少年をしっかりと抱いた。次に、ミロハナ神父が出てきて、また同じように抱擁した。それが入学許可だった。その足で、炊事場へ行き、カシアノ修道士から食事を頂いた。大きな丼に、みそ汁を並々と注いでいた。私は、それを総て飲み干した。次いでロムアルドさんに連れられて、小神学校の旧校舎に落ち着いた。それが私の、この道の始まりだった。
★以来、私は舎監のロムアルド修道士や、炊事場のカシアノ修道士、指導者のミロハナ神父に長年、お世話になる。孤独の少年にとって、父の匂いを与え、母代わりに育て、教えてくれたのは、この人たちだった。特に、ロムアルド修道士から愛されていたように思う。彼の懐かしい筆跡の手紙を、まだ捨てずに持っている。
★「わたしは、みんな生徒を、愛しております。けれども、あなたに対して、いつも母の心をもって、考えております。きょうから、マリアさまの愛に、競争しましょう。寂しさや、ひもじさを、すべておん母にささげてください」。丁寧なローマ字で書かれている。
★体格の大きなロムアルド修道士は、青い目が美しかった。時折、笑いながら指を輪にして、高い鼻をこすった。今でも持っているマリアメダイは、ロムアルド修道士から貰った大切な思い出のメダイです。

2018年4月17日火曜日

記事を書いて良かったと思う励ましの手紙が届いた

ホームの玄関。鉢に延びた一輪のバラ。「アンネのバラですよ」と教えられたので、デジカメで撮った。
★同じ修道会の司祭から、筆字で達筆の手紙が届いた。「何事だろう?」。好奇の気持ちで開いて見ると、「最近、騎士誌が変わった。そんな感じがして喜んでいるところに、トマさんの記事があって、読ませて頂きました。目に熱いものを感じるすばらしい記事に感動しました。ありがとうございます。また、これからも短い、何かでもトマさんの記事があれば、騎士誌がうるおうのではないかと思います。季節の変わり目にご自愛下さい」と、有り難い文面が記されていた。「励ましになります。これからも精進します」