2017年8月18日金曜日

ホームに居ても修道士です。感じ、考え、祈る者です

朝のホームの廊下です。右側の窓から、陽の光がサンサンと輝く。ミサを終わって、6時半過ぎ、自室へ帰るときの廊下です。「ああ、きょうも、一日が、始まる」。同じ毎日だけれども、生きる意味はある。「変わりが無いのが一番の幸せです」と、いつも思う。
★朝食を終えて、早速、山梨の大きなブドウ(巨峰)を食べた。5個、6個と自分でも、食べすぎだよ、と健康のことを考える。残りは大事に冷蔵庫で冷やしている。
★初めて、午前中に、パソコンへ向かった。午後から月に1度の「ショッピング」がある。バスで、買い物に出かる。自由に動ける人が利用しており、10人余りになる。帰ると、ロザリオ。時間に追われるのを感じる。今日は、午後から、日記を書く時間が足りないだろうと予想した。
★憧れは、長崎・聖コルベ館に居て、修道服を着て座っておれば、巡礼・訪問者と多くの出会いがあるだろう。90歳になっても、100歳になっても続いて勤めれば、それが一番の幸せでと分かっている。そのまま幕を引きたいと思う。
★でも、ね。人間には歳と共に色々な事情が起こる。妨げもある。自由にならない。今はホームに居て、静かに、余生を暮らすしかないのです。ホームに居ても、修道士は忘れない。修道士って何者か? 修道士は神から呼ばれた者。神の愛、いのち、賛美を考える者。故人や、生者の幸福、世界の平和を祈る者と自ら言い聞かせる。

2017年8月17日木曜日

夫妻の目は、緑色。イノチの色。見ている御方がいる

ホームで人が集まる所は、エレヴェーターです。その前に介護詰所があり、その横に、陽の当たる明るい1間がある。春は見事な桜が観賞できるので「サクラの間」と呼んでいる。テラスがあって、1輪の「風車」が無心に廻っている。
★人の目に付かない所で、風に吹かれて廻っている。「良いことをしても、誰にも気付かれない」。そんな気がする。この風車から学ぶのは、誰にも気付かない良い話、隠れた愛の話、そんな心の温まるような話が知りたい。聞きたいと思う。言葉や難しい話は、もう、いいです。愛の実行、しかも人知れず、実行する話を見せてください。実践、実行、今は、言葉やお説教よりも、それを望みます。
★夫妻は、自宅の一室を増築して、ホームレスを受け入れて、部屋で、ゆっくりさせて、風呂に入れ、食事を与えて、1晩安らかに泊まっていただく。彼らが脱いだ衣類は異臭を放つので、奥さんが洗濯タライで、手洗い作業で丹念に汚れを落としている。その善業は夫妻以外に誰も知らない。夫妻が理解しあって、心から愛の好意を行なっている。その事実を聞いたとき、最初、信じられなかった。家族で、そんな愛の好意が可能なのか。しかも誰も知らない。きっかけは、奥さんが、中学生たちからホームレスが撲殺された事件に発すると言う。この実話は、生きている愛の実行として、キリスト者の実践として、心に深く刻まれ、消えることは、ない。「愛の実践集」はないものか。「人間に愛を持たせる。希望を持たせる。生きる価値、生きる力を持たせる。人は、生きているから、生きなければならないのだ」
★昨夜、携帯に、その夫妻から突然電話があった。思いもかけぬ電話だった。トマさんを励ましてくれた。慰めてくれた。それでトマはホームレスへの愛の好意を思い出したのだった。
★主人は、奥さんを、「緑のまなざし」を持っている、と言った。緑は、森の色、海の色。つまり、いのちの色なんです。いのちと、慈愛の色なんです、夫妻だけがお互い知り合っている目の色です。隠れた所から見ておられる御方も、目の色をご存知でしょう。

2017年8月16日水曜日

お盆休みの思い出は、ボーシと、巨大・巨峰だった

お盆の休みは終わった。誰も来ない。どこへも行かない。雨が降ったり、陽がつづいたり、そんな日で過ぎて行った。ホーム生活は単調だが、自分にも、小さな喜びと、慰めになることがあった。気持ちの良いことがあると嬉しい。
★1つは、ボーシを贈ってくれた女性がいた。早速、かぶって、「似合うでしょう」と、写真も入れてお礼の手紙を出した。ボーシは小さな衣料だが、高価な値段がついている。いつも帽子屋で、良いのを見つけると、かぶってみて、「これは、いいな」と購買力は高まるが、値札を見ると、直ぐあきらめて、もとに、そっと、戻す経験が何度か、ある。今度のボーシの贈り物は嬉しかった。今年の聖母被昇天の記念になる。
★もう1つは、山梨産のブドウ(巨峰)1箱、6個入りが着いた。贈り主は、5月の連休に、山梨から、バイクでホームに来た男性だった。ブドウは好物だから喜んだ。写真の右側は、スーパーで売っている上等の巨峰ブドウです。左側が送ってくれた巨大の巨峰ブドウです。とにかく見た瞬間、その大きさに、たまがった。(おどろいた)。こんなにも大きいブドウがあるんだな。初めて見たよ。食べてみて満足した。贈ってくれたバイクの男性とは、別れの際、玄関で、修道服を着て、本人と、バイクも入れて、記念写真を撮った。長崎は、22回目。バイクで来たのは、12回目。トマさんに会ったのは、5回目と言った。「なぜ、そんなに、ナガサキを?」「長崎には特に違ったところがある。それに魅せられ、気がついてみれば、この回数です」。人は何でも、一念固執すれば、何かが生まれてくるだろう。人生における、こだわり、体験こそが、その人の心の宝になる。

2017年8月15日火曜日

歳を重ねるごとに、キズや、係わり合いは、深くなる


今日は、幾つもの思いが重なる日でした。教会へ行くと、祭壇の横に白い台が置かれて、写真が飾られている。昨年の今頃から、この1年に亡くなったホームの人たちです。冥福を祈りました。写真、左は村山修道士さんと、大曾神父さまです。右側の写真は、祈るホームの人や湯江教会の信徒たちです。
★聖母の被昇天の祭日でもある。荘厳に祈りました。また終戦記念日でもある。戦争によって、沢山の命が失われた。今も戦争は続いている。また、お盆でもある。亡くなった先祖、家族のために祈りました。どうして人間は争い合うのか分かりません。解決は遠いでしょう。
★テレビでは、韓国は戦勝記念日で、また、また慰安婦の像が、バスの中でも座った姿で置かれて、他にも小さな慰安婦像が作られて、配られている。戦争は悲惨です。戦争を起こして、アジアを蹴散らした日本人は、アジアの皆さんに許しを願わなくてはならない。
★暗い話ばかりだけれども、私が2013年に韓国に行ったときに、こんな事があったのを思い起こした。韓国人の案内で、夜の、テグの「ルルドの聖母堂」の祈りの集いに参加したときです。言葉が分からないのを気にして、案内の大学教授が「さあ、もう行きましょうか?」とうながした。車のドアを開けて、車内に座った小崎修道士のそばへ、赤ん坊を抱えた若い母親が寄ってきて、子どもを差し出した。崔教授が言う。「祝福して、ほしい。願っています」。修道士はびっくりして、「なに?わたしに?」。母親の目が、うるんでいる。ためらいがあった。司祭でない。修道士が、祝福していいのか?」。「アボジ(父親の祝福)なら出来るかも」と瞬時に思い、幼子のヒタイに、十字を記した。「この子も、この母も、幸せになりますように」。願いを込めて祈った。ここに来れば、韓国も日本も、なかった。同じ人間として、カトリック者として、愛と平和になるように祈った。あの子は、あの母親は、元気にしているだろうか。

2017年8月14日月曜日

聖コルベの殉教の祭日。聖母の騎士で盛大にお祝い

聖母の騎士の創立者、聖マキシミリアン・マリア・コルベ神父が、大戦中、アウシュヴィッツ強制収容所において、死刑になった1人の父親のために身がわりとなって、餓死の地下室で殉教した祭日です。
★コルベ神父が何を教訓に与えてくれるでしょうか。先ず、①宣教への熱意です。「マリアを通してイエスへ」の信仰で、日本、インドまで福音宣教を行なった。
★次は②苦しみです。コルベ神父ほど苦しんだ人は居なかった。沢山の苦しみ、困難を経験したが、マリアへの揺るぎない信頼をもって、乗り越えた。肺や全身の病気、宣教の困難、修道士たちの反対、それらを受け取り奉献し、耐えて行った。
★③何と言っても無償の愛。「神から愛されたから、愛を返そう」。その基本で、1人の死刑者に家族が居る。自分はカトリック司祭で、家族は無い。では私が代わろう。聖書に「友のため命を捨てる、これ以上の愛はない」という言葉がある。コルベ神父は文字通り、聖書の中心になる部分を実践した。
★最後に、④人は如何に終焉を迎えるか。コルベ神父が望んだのは、マリアを通して、イエスの如く死にたいという熱烈な希望であった。その通り、彼は「裸」で、「我、渇く」といって、殉教した。まさにイエスの愛の死に倣う最後だった。
★湯江修道院からは、6人が参加した。司祭3人。修道士3人。瀧神父さまと私も仲間に入る。午前10時30分から、長崎・聖母の騎士教会で、ロザリオを唱える。その後、お祝いのミサが捧げられた。ミサが終わると、修道者は院の食堂に集まり、会食で親睦を固めた。休暇の人も居て、人数は少なかった。しかし集って、お互い語り合うのは、大きな喜びである。聖コルベの精神に倣う生き方を誓いながら別れた。ホームに帰ったのは、午後2時50分であった。


2017年8月13日日曜日

落ち度はあっても人生は宝。助けられて今も生きる

ホームの隣、湯江教会の祭壇の生け花です。
★自分の健康を考えるとき、歩くのに、バランスが定まらない。両ヒザの関節が痛み、歩行に困難を感じる。昨年から比べると、自分でも意識するほど、体力が落ちている。
★毎日、教会の祈り(寝る前の祈り)で、良心の反省を行なう。実のところ、何を反省すればいいのか、日々悩む。ウソを言うわけでもない。ケンカもしない。人をおとしめる言葉も吐かない。ミサや、ロザリオは唱えている。ホームという囲みの中での生活では、特別な事件は起こらない。その毎日の繰り返しがつづいている。
★被昇天の祭日を迎えるため、司祭に告解をするとき、何の罪を語るべきか、心に迷いを感じた。もちろん自分が聖人でないことは、百も承知している。それでも語るものが無いというのは、「本当の自分の正体を分かっていない」ことに気がついた。自分の心は真実に神に向かっているのか。祈りや黙想は充分なのか。むかし犯した落ち度を思い出して、反省するどころか、反対に快感を覚えることは、ないのか。生きていることは恵みではあるが、その恵みを充分に感謝し、愛に応えていない自分が居る。傲慢や、自己過信、信仰への疑い、など、まだ、まだ本当の自分に気がついていないことに実感する。この心境では、神の御前に出ることは出来るか。到底、出来ないだろう。だが神の愛は自分を見放さないと信じている。
★一方、反省し、悔やむだけでは、事は前に進まない。「喜べ」。いつも喜べ。苦難があっても喜べ。神は確かに自分に御心を掛けてくださる。神は弱い自分を導いてくださる。苦難があっても、神の助けで乗り越える。いつまでも、この苦難の状態がつづくと思うな。時は変わり、人も変わる。変わらないのは、オマエの喜び、神の恵みだけだ。
★生きているではないか。親しい友達たちが多く居たが、彼らは、もう、この世に居ない。だがオマエは生かされている。足が少々痛くても生かされている。目で美しい花が見れる。心に愛を感じることも出来る。笑いだって、ある。生きてきた人生は、はやり落ち度はあっても、自分の宝であったに違いない。そう信じて続けて生きたいと思う。
★人生に苦しみはある。生きている限り、当然だ。助けられて、励まされて、慰められて、ワタシは、今も生きる。うれしいよ。

2017年8月12日土曜日

ソーメン流し、スル、スル、食べて、魂も、清めた


数日前に、「ソーメン流し、しますか?」と食堂で、職員さんが皆さんに問うた。「ハイ、した方が、いいよ」。そこで今日の昼食は、ソーメン流しになったのだが、実際に職員さんたちが苦労して、流れる竹を準備しても、流れるソーメンにありついた人は、数人だった。殆どの人が身体上の都合で、食堂でソーメンを食べた。数人の希望者のためでも、若い職員さんたちは手を掛けて準備してくれる。その家族的な心が嬉しい。ホームの温かさがある。
★左側の写真、真ん中に居るのは瀧神父さんです。「トマ、早く食べれよ。私は、もう十分に食べたよ」。右側の写真、赤いタオルを首にかけているのは山内園長神父さんです。「うまか、ぞ。元気が出るな」と喜んで食べていた。
★ソーメンを食べ終わって食堂へ入ると、昼食が準備してあった。アンパン、串焼き、ブドウ、それに、たこ焼きです。栄養士さんが、「たこ焼き、どうですか?」と食堂内で勧めて周る。「結構、いけているね。たこ焼き、なくなっているよ」
★冷たいソーメンを、タレにつけて、「スル、スル」っと、食べるのは、日本の味だね。
★教会で、被昇天の祭日前の「告解(こっかい)」が有ります、と広告があった。長崎の教会では、昔から、復活祭の前と、被昇天祭の前、御降誕祭の前に、司祭に自分の罪を告白をする習慣がある。ソーメン流しも、いいですが、神に向かって、自分の魂の清算を行ない、汚れや弱さを流すのも信仰者として生きるためには必要でしょう。清い心で祭日を迎えたいと願います。