2017年11月21日火曜日

女子高校生からのお礼の手紙。若い字と文脈に喜ぶ

今月の初め、長崎・聖母の騎士で、旅行の女子高校生たち185名に語り部を勤めた。そのお礼の手紙が、届いた。旅に参加の高校二年を代表して「りな」さんが書いた。丁寧な、きれいな字で、文脈も立派、3枚に及んだ。
★「夏休みに『十七歳の夏』を読んで、戦争や平和、神の愛について考えたが、実際にお話を伺い、戦争は私たちが想像していたより凄惨で人間の本性をあらわすものだと知りました」。この『本性』の言葉に、「ああ、わかってくれたのだ、な」と感じた。
★生徒さん達の旅行・出会いの記念に、皆さんに、ハガキ版のカードを贈ったが、もちろん言葉はそれぞれ違っていた。「りな」さんには「他人と比べるな。あなたにも、いいところは、ある」が当たったそうだ。「これは今の私に一番必要な言葉と感じ、この言葉を胸にとめて、他者との関係を大切にしながら、自分らしい人生を歩んでいきたい」と書いてあった。
★早速、私は今朝から返事を書いた。「旅とは①本物を見ること。②地元の人と出会うこと。③自分が少しでも変ること。それらが実現すれば、より楽しい旅になるでしょう。お互いの交流が少なかったのが心惜しいが、私の話の内容は忘れても、『十七歳の夏』を読んだこと、その著者の老いた修道士が懸命に話したことは、覚えてくれて、語り草にして下されば有りがたいです。あなたの才能とチャンスを利用して豊かな人生を築いてください」と記した。封筒には、「りか」さんのために、小さな本「トマさんのことば」(私のサインと、「りか」さんの名前入り)を同封し贈った。
★高二の代表として手紙を書くのだから、心の負担もあったでしょう。小さな本だが、「りか」さんの傍に置いてくれれば幸いに思う。昨日、手紙を貰って、今朝、返事を書いて、何んだか今日は若い気持ちになるのを感じた。

2017年11月20日月曜日

カレーの五島ウドンにはタマゴが1つ入っていた

シンプルな昼食だった。カレーウドン。五島のウドンです。中細メンです。おいしんだな、これが。タマゴが1つ入っていた。小皿の2個は、ナンだろう?
★左隣の席は、滝神父さま。「トマ、ブログ、読んだぞ」。最近、ブログの読者の最も近い人は、隣の滝神父さまになった。「悲観するなよ。色々言う人も居るかも知れないが、いい働きをしている。聖コルベ館に居た時よりも、な」。理解してくれる人が傍にいる。楽しみにしてくれる隣人が、ここに居る。嬉しいよ。
★テレビを見ていたら、キュッと胸を打つセリフがあった。「ここに居た時間は、決してウソではない。もう1回、信じてみませんか。人生を」。瞬時に、心に飛び込んで来たんだな。ホームに居ても、決してウソの時間じゃない。生きる意味はある。希望は捨てないぞ。滝神父さまも「悲観するな」。そう言ってくれているじゃないか。グッと、胸を打っんだね。「これぞ」と思う言葉、セリフは大事にしたい。ピッタリ合うセリフに出会うと、嬉しくなる。発見の気持ちだよ。
★今朝の祈り。「神よ、ホームに居ても、私たちは、お互いに助けあい、協力し合って、幸せへの道を歩みます。神の子どもとしての自覚を忘れず、クチ・言葉をつつしみ、明るい表情で日々を過ごし、ホームのどの人にも挨拶で愛を示すことが出来ますように」
★そして今朝の福音を聴いた。「イエスは問うた。『汝、何を、してほしいか?』。目の不自由な人は答えた。『見えるように』。イエスは言われた。『見えるように、なれ。汝の信仰が、汝を救った』。民衆は、これを見て神を賛美した」
★今朝も、善い朝が明ける。そして朝から入浴もした。五島ウドンも食べた。「おかわりを」と栄養師さんが大皿に盛った「うどん」を見せたが、「もう、だいじょうぶ」

2017年11月19日日曜日

広島市から車でご夫妻訪問。ご縁つづけて感謝です

今朝、広島市から、岩本さんご夫妻が車で来られた。日曜日のミサで一緒に祈る。ミサの後での写真です。これで3度目の訪問だが、ホームを案内しながら、自室で語り合った。ご夫妻は、「エンジェル・キャブ」(タクシー・バス・霊柩車の会社)を経営しておられる。創業60年を越えた。社長さんです。鹿児島で、全国バス協会の大会があったので、車で回り、帰路まえに寄られたとの事でした。
★奥さんの八智子さんとは、お母さんがご健在の時からの「お付き合い」になる。もう40年前になろうか。私が「長崎オラショの巡礼の旅」を実行していた時、初めて2人で参加された。2度目は、幼い子供さん達を連れての参加となる。以来、私が広島へ行ったり、長崎へ来られたり、次男くんは、聖母の騎士学園で学んだ。今日の日曜日のミサには、大曾神父さまや西山神父さまも一緒に祈っていた。大曾神父さまは校長で、次男くんが学園でお世話になったのでご縁がある。その次男くんも今では3児の父となる。西山神父さまはパパさまに日本語を教えて、日本へ同行された事で知っている。八智子さんは、大曾神父さまに話しかけて、お礼を述べた。大曾神父さまも嬉しそう。90代に入られても、しっかりして居られる。訪ねてくれるのは喜びです。
★昼食は、車に乗せてもらって、有明海の海沿いの例の食事処で、楽しい食事のひと時を過ごした。ホームまで送って頂き、お別れした。最後に広島でお会いしたのは、3年半前になるか。あの時、ご主人から連れられたお店の、本格派の「テール・スープ」の美味は忘れない。それを語って、懐かしかった。「また広島へ、おいでよ」「ウン、まあ、ね」

2017年11月18日土曜日

あわただしい1日。きょうも暮れる。平安、無事

雑貨のスーパーです。昼食後、しばらくベッドに横になっていると、はや、2時に「ショッピング」月に1度の買い物に出かける時になる。ホームに暮らすことは、1軒の世帯に生活する状態です。何も、可も、必要になる。だから買い物には参加します。写真の店は、食べ物以外は、ほぼ揃っている。加湿器の水差しを買った。ここが終わると、次は「エレナ」食べ物のスーパーです。ブドウ、イチゴ、ふり掛け、チョコ、歯磨き、など買いました。赤い小型バスに乗って、15人ほどが買い物に出かける。
★午前中は「懇談会」があった。来月の予定や、看護師さんからの注意点など伝えられる。こちらも、はや、12月。年末です。誕生会や忘年会や、慰問や、高校生達の奉仕や、クリスマス会など、「出し物もあるので、お楽しみに」と職員のお言葉でした。
★11月も半分は終わった。23日には、長崎・修道院で、修道会の司祭叙階金祝、修道誓願金祝が行なわれる。会の司祭・修道士が顔を揃えるので、楽しみに参加するつもりです。12月になると、期待のコルベ神父の映画「二つの冠」がある。これも楽しみです。直ぐクリスマスでしょう。1月、お正月でしょう。年賀状もくる。2月は、トマさんの修道名「聖トマス小崎(日本26聖人)」のお祝いが来る。3月は誕生日。90歳だよ。こうして未来を考えると、色々楽しみがあるね。結局、いつまでも変らぬ元気で居ることだよ。

2017年11月17日金曜日

ジンセイ、生きていること自体が、ふしぎ。本当に

この言葉は、すごく人気があるのです。自分でも、そう思います。
★今朝は、信仰って、横にも縦にも「つながり」があると思いました。両親から受けている。隣人と一緒にロザリオを唱える。バチカンに行って、聖ペトロ大聖堂・内部の荘厳さに感動もした。外海の隠れキリシタンの信仰遺跡も知っている。今日はハンガリーの聖エリザベトの祝日だったが、1200年代に生きた王女で、3人の子供の母となり、ご主人が亡くなると、清貧の生活に徹して、貧しい人たちを助け、病院も建てた。何百年も前から同じカトリックの信仰を生きている。丁度聖フランシスコの時代でもある。
★私たちが今、信仰している信仰と全く同じなのか。そう、同じです。その根本は聖書だからです。今朝は、そんな事を考えた。でも信仰は、もう1つあると思う。それは私自身の信仰です。どれだけ本物の信仰に生きているか。本当に信じて行動しているか。反省の余地は色々ある。罪ある人間、弱い人間からの脱却。生きて改善する所は多々あるとも思った。
★今日は、ホームのお年寄りの葬儀・告別式が行なわれた。親しく、知っている人が亡くなるのは寂しい。1人の人生が終わった。「ふしぎなこと、多々あった人生だった」。結局、誰でも、そう言える。ジンセイって、本当に分からない。ニンゲンが生きていること自体がふしぎなのです。

2017年11月16日木曜日

高原修道士さんの誕生日。2人でお祝い。頑張る男

定期の診療日。朝から長崎へ。この日は何やら気が重い。高原修道士さんの運転で車は走る。2人とも、クリニックで診察を受ける。「タガワ・ブラザー」。先生の大きな呼び声に、待合室の人の目が自分に向けられる。「お世話になっています」。大声で診察室に入る。部厚いカルテ。通院の年期を示している。先生は「どこかで語り部を出来ないか」の意味の言葉で私に未だ期待している。フタ言(こと)、ミ言、先生と交わして終わる。血液を採取される。薬の処方箋を貰う。体調は、いいのか、不具合なのか、自分でも、何とも言えない。
★高原修道士の誕生日。昭和34年(1959年)の今日、熊本市に生まれる。満58歳になる。彼には、どれほどお世話になっていることか。彼の手引きでホームへも入居したし、毎月、こうしてクリニックへも連れて行ってもらう。感謝の意味で、お昼ごはんは、御ちそう、しよう、と途中の行き付けのレストランへ立ち寄った。牛肉専門のお店です。お酒は昼間だから飲めないが、デッカイ、ステーキに、テール・スープ、その他いろいろ、満腹する程、(いや、わたしが)食べて、お祝いした。修道士とはいえ、日常、いろいろストレスが溜まる事もあろうが、頑張ってください。修道士の召命も全うしてください。そう願いながら、彼の運転でホームへ戻った。

2017年11月15日水曜日

ある日の電話。手紙も来る。赤岳・出身の女性から

突然、廊下のスピーカーで名前を呼ばれて「電話です」。自室に近くに電話機がある。女性の声。「被爆65年、2010年の原爆の日に、浦上天主堂で、『焼けたロザリオ』を買い、何々様とサインも頂いた。懐かしくて電話した」
★確かに覚えがある。浦上天主堂の庭で、修道服を着て、『漫画・焼けたロザリオ』の販売を行なった。自伝の漫画で、主に原爆体験と、コルベ神父も描かれている。東京の漫画家が描いた作品である。
★それにしても、急に電話で一方的に言われて、当方、アタマの切り替えが出来ず、戸惑った。「サインして頂いたのが嬉しい。今も本を手元に置いて、親しんでいる」という。電話は、それで終わった。
★しばらくして手紙が届いた。「私は、長崎・赤岳の生まれです。戦後は聖フランシスコ病院で看護師として、秋月先生の元で働きました」。外国人院長シスターの名前も書いていた。トマも秋月先生はよく知っている。診察も度々受けた。
★更に心引いたのが、『赤岳』だった。外海へ行く途中に、樫山集落がある。ここが昔は隠れキリシタンの里だった。樫山に赤岳はあり、キリシタン聖地と言われた。浦上のキリシタンたちは、密かに岩屋山に登って、遥か赤岳の方向を眺めて祈った。ここで3度祈れば、1度は樫山の巡礼になる。3度樫山に巡礼すれば、1度はローマに巡礼した事になる。そう信じて、憧れながら密かに祈った。『焼けたロザリオ』のこのページに心引かれたのだろう。手紙には、こう書いてあった。「先生の本には、樫山の赤岳、聖フランシスコ病院となつかしく私の大切なご本です」
★私は返事を書いた。「赤岳、樫山」に付いては、自著の『長崎オラショの旅』の241ページから詳しく書いていますので、買い求めて読んでください」。今では書けない特別な記事になっている。自慢の作でもある。それにしても、7年前に買い求めた1冊のマンガが、いま電話になって、手紙になって身元に来るなんて、その「つながり」のお恵みに感謝した次第です。赤岳・女性の信仰の継続を祈ります。